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栗田 剛志

Author:栗田 剛志
横浜在住の駆け出しコンサルタントです。
真の士(サムライ)を目指して、刀を磨き続けます。
「刀は錆びていないか・・・」
自問自答の日々です。
父親の興した会社を引き継ぎ、世の中の中小・小規模事業者を同士としてサポートしていきます。

営業力強化の支援
マーケティング戦略立案
店舗運営管理
販売員のマネジメント
ロジカルシンキング
を得意とします。

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1145:【現場とのコミュニケーション】

2014/03/31 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 235号
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         「日経ビジネス2014年3月31日号 no.1735
『日本マクドナルド~スマイルは、いつ戻るか』」より

そういえば、最近家族と一緒にマクドナルドに行っていません。数年前までは、月に数回、子供を連れてマクドナルドに行っていました。個人的にはマクドナルドのハンバーガー類は、月に数回行くほど好きではありません。フライドポテトもMサイズだと全部食べきれないことがあります。
子供が小さかった頃は、一般的な飲食店に連れて行っても適当なメニューがなかったり、周囲に気を使わなくてはならなかったりと何かと不便だったのですが、マクドナルドに連れて行けば、子供は喜び周囲を気にする必要もありませんでした。
要は、マクドナルドに行けば面倒くさくないとの理由で、大人の私が我慢していただけのことだったのです。
今は子供も大きくなり、食べれるものも増えたため、マクドナルドから足が遠のいています。我が家にとってのマクドナルドは、その程度のものでした。
デフレの勝ち組と称されたマクドナルドが、一転して2期連続の減収減益となっています。昨年の8月に社長さんが交代しましたが、客数減小には歯止めがかかっていません。
マクドナルドの現場では、一体何が起こっているのでしょうか。

最近足を運ばなくなったマクドナルドですが、先日、出張のため家を出るのが早かった日に、朝食を取りにマクドナルドに入りました。
その時気付いたのですが、カウンターの中でクルーが楽しそうにおしゃべりをしているのです。それに対してとやかく言うつもりはないのですが、「あれ」と何となく違和感を持ったことは事実です。
また、カウンター前にお客さんが列をなし、自動ドアが閉まらない状態がしばらく続きました。寒い日だったので、冷たい風が店内に吹き込んできました。
列を横に並ばせるなど一声かければ自動ドアは閉まるのですが、クルーは全く反応しませんでした。
首都圏の幹線道路沿いにあるマクドナルドの土曜の午後の風景です。
土曜日の昼時であるにもかかわらず、店内にいるのは高齢者や学生、そしてビジネス客とおぼしき客ばかりです。カウンターに立つ女性店員は、注文をさばくのに必死で、笑顔が見られません。奥のテーブルには、前の客が使ったと思われる紙ナプキンが残り、どこか雑然とした雰囲気が漂っています。
初老の女性がコーヒーをすすりながらつぶやきました。
「以前はもっと子連れの家族がいて、温かい感じだったのにね」
こうした店舗の状況は一例ですが、私が感じ取ったことが各地でも起こっているようです。

客数でみると、マクドナルドのここ1年の不振は深刻です。昨年4月以降、月次の既存店の客数は前年割れが常態化し、前年同月比で10%超の減少となる月も少なくありません。
新しくマクドナルドの社長さんになったサラ・カサノバ氏は、「魅力的な商品を打ち出せなかった」と2013年の不振を総括しています。
確かに、総菜や弁当を自宅で食べる中食の拡大や、高品質志向へのシフトといった変化に迅速に対応できなかったのは間違いありません。
低価格の入れたてのコーヒーも、コンビニエンスストアの追随で優位性がなくなったのも事実です。
キャンペーンも似たような内容を乱発するだけで消費者に飽きられてしまったとも考えられます。
しかし、競争力の低下の根本的な原因は、他にあるようです。
それは、顧客に対するホスピタリティーの低下です。
「従来は考えられなかったが、私語をするクルーの姿が増えた」「清掃が以前ほど行き届いていない」といった声が関係者の間からあがっています。
原田前社長の時に、キャンペーンを多用して新規顧客の獲得を推進し、クーポン戦略で低価格志向の客も増えました。コーヒーメニューの強化で、ビジネス客やシニア層が増え、長時間、机を占有する客も目立つようになり、コアファンの子連れ客が気軽に楽しめない雰囲気になってしまっています。
また、マクドナルドのクルーと言えば、メニューにも載った「スマイル」が代名詞です。仕事が充実していることによる笑顔が、接客へのスマイルへつながります。しかし、最近では、クルーの疲弊が目につくようになりました。
最大の理由は、性急なフランチャイズ化にあります。マクドナルドは、2006年頃から直営店のFCへの売却を続けてきました。店舗への投資をFCに任せ、本社はマーケティングや商品開発に専念することが目的で、全店に占めるFC店の比率は2007年末の29%から2013年末には68%にまで上昇しました。
あるFCオーナーさんはこう言います。
「本部から売上改善の指示に加え、クルーの負担を軽視したキャンペーンで現場の余裕がなくなった」
2013年1月に実施した60秒以内に商品を提供できない場合にクーポンを渡すというキャンペーンでは現場が大混乱し、スピードを意識するあまり、仕上がりの悪い商品が提供されたり、接客が雑になったりするケースも見られました。
別のFCオーナーさんはこう言います。
「変えたいという意欲は分かるが、もう少し現場の意見を聞いてほしい」
本部の戦略を実行するには、現場との密接な連携があってこそ成り立つものです。本部主導で物事を進めて悪循環に陥ることは、よくあるパターンです。
FCオーナーさん達の話を聞く限り、本部と現場のコミュニケーションが不足していることが伺えます。

本部とFCの関係を、社長と従業員、あるいは上司と部下に置き換えることができます。いくら良い戦略を立てることができても、実行が伴わなければ意味がありません。現場の混乱は、むしろ競争力の低下につながります。
現場とのコミュニケーションの優先順位や重要度の位置づけを誤ってはいけません。

今週の名言:僕はいつも足りない、足りないと思って仕事をしている ~ 升田幸三



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1140:【家族は何のために一緒にいるのか】

2014/03/24 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 234号
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                 「日経ビジネス2014年3月24日号 no.1734
               『食卓ルネサンス~100兆円市の新攻略法』」より


「若い時の食生活は、歳をとってからでてくるよ」
私の母親はこう言い続け、できる限り手作りで栄養が偏らない食事を作り続けてくれました。よっぽどのことがない限り店屋物をとったり、出来合いの総菜が食卓に並ぶことはなく、いわゆる「おふくろの味」を食べることが当たり前でした。
また、父が自営業で住居と職場が近かったこともあり、毎晩7時には家族全員揃って食卓を囲んでいました。よその家庭を知らなかった当時は、それがどの家庭でも当たり前であることを疑わなかったのですが、社会に出ていろいろな話を聞くと、それはとても特別であるとともに、自分でそうしようと思っても簡単にできることではないことを知りました。
家族のあり方や仕事の仕方、ライフスタイルが多様化する中で、日本人が信じてきた食卓の理想は成り立たなくなりつつあります。
食に関する商品やサービスを提供する側としても、その流れは無視できません。今週は、食に関する消費者行動の変化についてのお話です。

百貨店の販売員である女性は、夫と5歳になる子供を持つものの、自宅で全く料理をしません。仕事柄、土日出勤が当たり前で、夫とも休日が合わないすれ違い生活であるため、料理をする機会がないそうです。
夫婦とも仕事がある平日は、近くに住むこの女性の母親に夕食の支度を頼みます。母親も仕事をしているため、手作りをする余裕はなく、出来合いの総菜が中心となります。
週に2回ある平日の休みは、息子と過ごせる貴重な時間です。保育園には午後3時といつもより早めに迎えに行きます。その後は、息子の好きな公園やショッピングモールなどへ可能な限り足を運びます。
夜は夫と待ち合わせて外食です。その日の気分に合わせて行きたいレストランを決めて現地集合とします。周囲には、スシロー、大戸屋、サイゼリア、やよい軒など子連れで入りやすい店舗が数多くあります。
この女性は言います。
「週末子供と過ごせない分、平日の休みはほとんど外で過ごす。夕食は夫も一緒に外で済ませるのがほとんど。私は、これからも調理しないと思います」

ある男性は、この2年ほど家族全員で自宅の食卓を囲んでいません。妻と息子、義母の3世代で同じ家に住んでいますが、教員である妻は仕事で忙しく、この春まで大学受験をしていた息子も予備校通いで帰りは遅くなっていました。
義母が用意してくれた料理を帰宅した順にバラバラに食べることが日常となり、食後は皆リビングに留まり思い思いの行動を取ることが多いそうです。
たまたま夕食時に全員揃った時は、「珍しいから外でおいしいものでも食べよう」と考えます。誰かが食事の準備をすれば、その人は家族の団欒に加わることができなくなるからです。
家族が揃う時は特別で、バラバラなのが普通といったことが、今の日本の標準なのかもしれません。
人様の家庭についてどうこう言うつもりはありませんが、何か言いようのない違和感を覚えます。余計なお世話であることは十分承知の上で、「本当にそれでいいのですか」と問いただしてみたくなるのです。

食品スーパーのマルエツでは、この春からカレー売場の変革を進めようとしています。従来、カレーの棚が全部で5本ある場合、ルーの棚が3本、レトルトが2本という構成が標準的でした。それをルーで2本、レトルトで3本と割合を逆転させます。
商品部の担当の方はこう言います。
「バラバラに食事を取ることが増え、大量にカレーを作っても余って、かえって高くつくことなどが増えた」
レトルトには、調理いらずという簡便さに加え、家族それぞれが好きな辛さや具材、味付けを選べます。
家庭の味の定番である味噌汁においても転機が訪れています。マルエツでは、ここ1~2年でカップなどの即席みそ汁の売上がどんどん増え、今では基礎調味料の味噌を上回っている。技術革新によって、即席タイプでも大きな具が入っていたり、食感が改善していたりとおいしくなっていることも大きな要因です。
このような変化に食品メーカーも対応策を打っています。基礎調味料の代表メーカー、キッコーマンは簡便調味料へシフトしています。主力のしょうゆは、しょうゆ情報センターによると2012年の出荷数量が80万7060キロリットルと、この20年間で3割減りました。
そこで今、力を入れているのが「おふくろの味」を代替することです。「すき焼き肉豆腐」「揚げだし豆腐のみぞれあん」といった和風総菜の調味料「うちのごはん」シリーズを27種類も展開しています。同シリーズの売上高は2013年に前年比2割増の50億円に達しました。
従来、家庭における料理の味付けは「さしすせそ」と呼ばれる砂糖、塩、酢、しょうゆ、味噌などの基礎調味料がベースになっていました。これらの基礎調味料のうち、消費量が落ち込んでいるのは味噌やしょうゆだけではありません。
調理済みの総菜やレトルト食品が増え、誰もが手軽に「自分好みの味」を見つけやすくなった中で、基礎調味料を組みあわせて自分で味を決めることのリスクを敬遠する人が増えているのです。
家庭は「おふくろの味」を伝達、創造することよりも、市場にある味で自分に合うものを探す方に力点を置いているのです。

家族は何のために一緒にいるのか。今の食卓の変化は、こうした根本的な問いとなります。食卓に被せられていた「家族の象徴」という冠を剥ぎ取り、定義しなおさざるを得ないようです。
個人的にはどうにか元に戻せないものかと考えるのですが、ビジネスにおいては、家族であっても別々の食事を取る「個食化」と、調理の手間と時間を極力減らす「作らない化」の潮流に乗り遅れてはいけません。

今週の名言:難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く ~ 井上ひさし


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1136:【おてつきは許されない】

2014/03/17 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 233号
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                 「日経ビジネス2014年3月17日号 no.1733
               『巨大廃墟モールに見る~街作り失敗の研究』」より


滋賀県守山市に「ピエリ守山」という商業施設があります。敷地面積は東京ドーム3個分と広大で、建物はほぼ新築であるにもかかわらず、テナントがほとんど入っておらず内部はがらんどうです。
不思議なのは、そんな状態でも営業を続けていることです。約3000台分ある駐車場はガラガラで建物の外に人の気配はありませんが、定休日ということではありません。建物の中に入ると「ご来店いただきありがとうございます」とアナウンスが流れ、暖房も利いています。
ですが、見渡す限り営業している店はなく、店舗ブースには網がかかり、什器や看板は放置されたまま静まり返った館内にはBGMだけが流れています。
まさに、「明るい廃墟」です。
この施設の開業は2008年9月のことで、当初は地場スーパーのバロー、スポーツ用品店のヒマラヤ、無印用品、ABCマートなどに、服飾から飲食まで200店以上がひしめく地元の人気スポットでした。それから5年という短期間で廃墟となった軌跡は、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。

2008年というと、大型のショッピングセンターの開業ラッシュを迎えていた時期です。これは、郊外の大型店を抑える改正まちづくり3法が2007年に完全施行され、それに駆け込む形で多くのデベロッパーが強気の大型施設開業計画を申請しました。
思い返せば、JR横浜線の鴨居駅から歩いて10分ほどの場所にららぽーと横浜が開業したのは2008年だったと思います。核テナントとして大丸が入店し、当時サラリーマンだった私は、その大丸の中にチョコレート売場を設置する仕事をしました。その大丸は、今は撤退してしまい、私の手掛けたチョコレート売場はありません。
同時期に武蔵村山市にイオンモールが出来て、その中に三越が出店したことがきっかけで同じチョコレート売場を設けましたが、こちらも採算が合わなかったようで三越の撤退とともにチョコレート売場も無くなっています。
滋賀県守山市のピエリ守山は、当時滋賀県最大の商業施設だったこともあって、「年間900万人を集客し180億円を売り上げる」という高い目標を掲げていました。
開業当初は計画通りに推移し、駐車待ちのクルマで周辺道路は常時渋滞し、休日ともなると従業員すらなかなか専用駐車場に入れず、遅刻が続発したほど盛況でした。
その状況が長く続かなかった原因として、「イオンの開店」があります。守山市に隣接する草津市にイオンモール草津が開店したのは、ピエリ守山開業から2ヶ月後の2008年11月です。売場面積は約8万6000㎡とピエリ守山の1.5倍以上あり、シネマコンプレックスも併設するなど、商業施設としての競争力は圧倒的で、約18km離れたピエリ守山から瞬く間にお客さんを奪い取っていきました。
その後、客数は目に見えて減り、売上高は120億円前後に留まります。テナントは櫛の歯が欠けるように撤退し、2012年には約70店、2013年9月には8店が営業するのみとなってしまいました。
営業する店が少なくなっても施設を動かさなければならないのは、正規の契約を交わしているテナントが一店舗でも営業している間は、館内の空調や照明を消したり、大規模改装工事を進めるわけにはいかないからです。
ピエリ守山がこうなってしまった直接的な原因は、イオンモールの出店なのですが、そもそもイオンモールはある日忽然と姿を現したわけではありません。イオンモール本社が草津店開業を正式に公表したのは2008年2月のことですが、常識的に考えて数年前から用地買収や地元商店街との調整などは行われていた訳で、進出の情報はピエリ守山も得ていたはずです。
それでもピエリ守山がコンセプトを改めたり、独自のテナントを集めたり、計画そのものを改めたりしなかったことには、理由があります。
その理由は、短期間で不動産ファンドに売却することを前提に計画が進められており、事業を運営する当事者不在のままの開発運営体制となっていたことが挙げられます。
開発者サイドにピエリ守山の長期的戦略を考える動機は生まれにくく、むしろイオンが進出してくるからこそ、一刻も早く開業・売却し投資を回収しようとしたと考えられます。
もうひとつの理由は、希望的観測に基づく事業計画に大きなズレが生じたことがあります。琵琶湖の東西を結ぶ琵琶湖大橋を使って対岸からの集客を見込んでいましたが、橋が有料であるため思った以上にお客さんを引き込めませんでした。
また、湖畔に位置し、標高1000m級の比良山地が見渡せる景色や琵琶湖の遊覧船が寄港する桟橋に隣接するといった立地から、「リゾートモール」という付加価値をつけようとしましたが、景色に見慣れた地元の人々はリゾートと感じることはなく、遊覧船に乗る人も少なかったため、定期便は廃止されてしまいました。
地元に住む主婦はこう言います。
「滋賀県は全部湖畔みたいなもの。琵琶湖の景色も比良山地も皆、子供の頃から飽きるほど見ている。それを見に来いって言われてもねえ…」
確かにその通りです。

全国の大型商業施設の失敗は、これだけではありません。また、郊外の商業施設だけでなく、地方の百貨店撤退後の施設活用、自治体が手掛ける工業団地の分譲、商店街の復興、電鉄会社の住宅分譲地など、苦戦している街づくりはたくさんあります。
今の私の仕事においても、百貨店や商業施設への出店計画を相談されることがあります。私たち中小・小規模事業者にとって新たな店舗を出店するのは、会社の運命を賭ける一大事です。
出店したけど思い通りの売上は上がらなかったなんてことは、私もサラリーマンの頃のチョコレート売場出店で何度も味わってきました。おてつきが許されない私たちにとって、自らのコントロールが効かない外部環境は、慎重に見極めていかなければなりません。
沈みゆく大きな船に巻き込まれるわけにはいかないのです。


今週の名言:自分が愛されるには、まず相手を愛さなければならない ~ 石塚邦雄


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1135:【記憶の風化を食い止める】

2014/03/10 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 232号
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                 「日経ビジネス2014年3月10日号 no.1732
                 『東北モデル~被災地が生む革新』」より

東日本大震災の発生から丸3年が経ちました。私が仕事や生活をする地域では、震災前も後も大きく違って見えるところはあまりありません。
しかし、被災地はそうではありません。復興はまだ途上であり、多くの人達が被災地支援に身を投じています。
東北における諸問題に果敢に挑み、一定の解決策を見出そうとしているイノベーター達がいます。
第1次産業の疲弊、少子高齢化、医療過疎、買い物難民といった現在の日本が抱える課題を解決する「東北モデル」が他の地域に伝播して蘇生のヒントになる可能性を秘めています。
東北の今をお伝えします。

高級手編みニットを製造する会社「気仙沼ニッティング」の御手洗社長は28歳の女性の社長さんです。東京大学を出てマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、2010年9月から1年間、ブータン政府の初代首相フェローとして、観光産業の育成などに携わった方です。
御手洗社長は、地縁のない宮城県気仙沼市で、母親ほども年の離れた編み手の女性に「袖が短い。編み直してください」と作り直しの指示を出します。
品質に一切の妥協を許さないのは、それが新しいブランドを作り上げるための生命線であるからです。
2012年末に初めて世に出した手編みニット「MM01」は、1着14万7000円もする商品です。注文を受けてから気仙沼の女性たちが1か月以上もかけて編みます。編み手が限られるため、不定期の抽選販売を行っています。
そもそも、なぜ手編みのセーターなのかというと、気仙沼には昔から漁網を編む仕事があり、編み物文化が根付いていたため、高い手編み技術を持つ女性たちがいました。それは漁業で発展してきた気仙沼が生んだ宝であると言えます。
平時は、漁で傷んだ漁網の繕いという日常の行為ですが、そこに付加価値があることを見抜き、その隠れた技を磨いて世界に認められるブランドへと昇華させることが御手洗社長のミッションです。
震災後、多くの人は東北から地域の特性を生かしたブランドが次々と生まれることを期待しました。しかし、現実として魅力のあるブランドは生まれていません。
それは、まだ時期早尚なのか、あるいは補助金をうまく活かしきれていないためなのかはわかりません。東北の復興支援というお題目だけで売れる時期も過ぎつつあります。被災地ブランドの神通力は永続的ではないのです。
御手洗社長は、こう言います。
「頑張って作ったから買ってください、は通用しない」
地域に新たなブランドを根付かせるために、徹底的にプロ意識を植え付けています。単純な支援は長続きしません。編み手たちが仕事にプライドを持ち、地元が自立することこそ復興の一助となると御手洗社長は信じています。
私も地域活性化のために新しい事業を起こす仕事に携わっています。新しい商品ができたから終わりでは、本当の支援とは言えません。商品開発のプロセスから生産、販売までの仕組みがその地域に根付かせることが一番の目的なのです。

普段よく目にする自動販売機。この自動販売機で行う商売にもいろいろなやり方、考え方があります。
自動販売機業界には、「インドア神話」というものがあります。オフィスや工場といった屋内に設置すると安定した収益が上がるという鉄則のことです。
仙台に拠点を置く自動販売機運営会社デリコムは、インドアの自動販売機を引き上げ、アウトドアのしかも過疎地を中心に自動販売機を置き始めています。
過疎化が進む地方では、商店が次々と消えていきます。その時、自販機が無人店舗としての重要性が高まります。
車を運転しない子供やお年寄りにとってコンビニは遠すぎるため、自宅とコンビニの間を埋める流通を目指しています。
インドアからアウトドアへの変調はリーマンショックで感じ始めていました。工場の操業が落ち、海外移転も進むとともに、企業内の売上も急落したことが原因です。
そして、震災がその流れを決定付けました。原発事故や風評被害もあり、工場閉鎖や人員削減が続きました。それでもライバルは、オフィスや工場に自販機を設置するために、企業に多額の契約金を払っています。コスト倒れになるため、駅前や繁華街にも設置するつもりはありません。
デリコムは、そうした場所の自販機を過疎地に移しています。
デリコムの原田社長は、こう言います。
「採算度外視の拡大戦略は取らない」
そして、限界集落に月間4000個を販売する伝説の自販機が生まれました。一般的に月400個~500個の販売があれば採算が合うこととなります。周囲に50世帯あれば商売になり、極端な話、マンション一棟あれば十分だと言われています。
その中で原田社長は、あえて過疎化が深刻な地域に入り込もうとしています。
駐車場2台分の土地にコンテナを運び込み改装して、様々な自販機を設置します。飲料や菓子だけでなく、その土地で採れた野菜や、住民が作った焼き立てパンも自販機に入れます。
コンテナの前にはテラス席を作り、Wi-Fiを飛ばすことで、人々が集い語らう場にすることを目指しています。
大規模流通時代に挑むこの新しいビジネスモデルは、自販機を究極の無人店舗とする可能性を秘めています。

震災をきっかけに生まれつつある新しいビジネスは、「東北モデル」として他にもいくつかあります。厳しい環境や条件下で築きあげられたビジネスが、同じ課題に直面する他の地域に伝播し、多くの人を救うことは、十分に考え得ることです。
震災の記憶の風化を、ビジネスという形で食い止めることもできるのかもしれません。


今週の名言:人生は振り返らなければ理解できないが、前を向かなければ進んで行かない ~ キルケゴール

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1134:【「非常に満足」でなければいけないんです】

2014/03/03 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 231号
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                 「日経ビジネス2014年3月3日号 no.1731
            『成熟市場の成長戦略~オリエンタルランド 加賀見俊夫』」より


東京ディズニーランドの年間来場者数が3000万人を超えました。1983年の開業以来ずっと右肩上がりを続けています。バブルがはじけようと、リーマンショックが起ころうと、震災で1カ月間休園しようと、ずっと成長し続けてきました。
人口減少や高齢化という逆風はディズニーランドにも吹いています。日本の遊園地・レジャーランドの市場規模は2011年に5850億円と過去5年で1割縮小しています。韓国や台湾、中国といったアジアからの観光客が増えていることもありますが、ディズニーランドの入園者のうち外国人観光客は3~4%程度であり、それほど多いわけではありません。
なぜ、ディズニーランドは縮小する国内市場で成長を続けられるのか。今週は、その謎に迫ります。

東京ディズニーランドは、1983年4月15日に開業しました。運営会社のオリエンタルランドは、京成電鉄、三井不動産、朝日土地興業の共同出資で設立された会社で、東京・上野の京成本社に机3つを間借りしてスタートしました。オリエンタルランドの加賀見俊夫社長は、京成電鉄の財務部門出身です。
東京ディズニーランドの開業に要した金額は1800億円で、日本興業銀行など複数の銀行団による協調融資で賄われました。
ちなみに、第2パークの東京ディズニーシーには、開業時に3350億円が投じられています。
開業当初、年間来場者数1000万人の目標を掲げた時は、「何を大げさな」「机上の空論だ」と陰口をたたかれたそうです。
それが、開業3年目の1985年3月期には、目標を上回る1001万人を達成し、ディズニーランドとディズニーシーの2パーク体制になった2002年3月期には2200万人余、東京ディズニーランドの30周年に当たる2014年3月期には3000万人の大台を超える見込みです。
加賀見社長は、こう言います。
「右肩上がりの成長がなぜ可能になったか。結論から言うと、リピーター数の増加です。外部環境に左右されず増収増益基調を維持するには、①全く新しい市場を開拓する、②既存顧客の満足度を高めてリピーターを増やす、③顧客1人当たりの単価を引き上げる、という3つ以外にありません。
東京ディズニーランドの開業は、①の新規市場創出に当たる打ち手でした。これはこれで重要な戦略なのですが、内需限定のドメスティック企業である我々が毎年打てる戦略ではありません。そこで、私たちはリピート率の向上とそれにつながる顧客満足度の改善に努めていきました」
では、ディズニーランドでは、どのようにしてリピート数を増やしているのでしょうか。

ディズニーランドでは、顧客満足度を、綿密な定量分析と経験に基づく定性評価の2本柱でとらえています。定量分析の代表例として、年間10万件にも及ぶゲストとの対面調査を行っています。ゲートで調査員がゲスト一人ひとりに行うヒアリングやインターネットでの受け付けによるものであり、調査結果は経営戦略を練るための源泉となります。
加賀見社長は、こう言います。
「例えば、1日で6つのアトラクションを体験したAさんがいます。Aさんは4つについて「非常の満足」と回答しました。一方、Bさんの体験施設は7つです。このうち「非常に満足」は2つでした。Cさんは4つ体験し、「非常に満足」は3つだったとします。
さて、AさんとBさん、Cさんでは、シンデレラ城を後にする時、どちらが『今日はディズニーランドに来てよかった。またぜひ、訪れてみたい』と思うでしょうか。
『Aさんは6つしか乗れなかったのだから、何だか物足りない』という見方もあるでしょう。『7つも乗ったり見たりしたBさんはうらやましい』『体験した4分の3に非常に満足したCさんだ』と思うかもしれません。
ですが、私たちは1日で体験したアトラクションが6つでも、そのうち4つが『非常に満足』だったAさんの方がリピーターになってくださる可能性が高いと考えます。こういったリピーターになる可能性を社内では『再来園意向』と呼び、経営の重要な指標の一つにしています。
体験したアトラクションの数にかかわらず、『非常に満足』だった絶対数が1日で4つくらいあると再来園意向は90%前後にまで高まることが分かっています。例え
『満足』していても、最高位の『非常に満足』でなければ再来園意向の底上げにはつながりません」
非常に重要なことを教えてくれています。
リピートしてもらうには、「満足」ではいけないのです。「非常に満足」でなければならないのです。しかも、その数が多ければ多いほどリピートしてもらえる確率は高まるのです。
ディズニーランドでは、満足度を上げるために様々な手を打っています。
公共交通機関で訪れるゲストが半数を占めるため、どれほど素晴らしいショーを準備しても開園の開始時間が遅くなれば帰宅時に鉄道の接続で不便な思いをすることが考えられます。それでは高い満足度は得られません。
8時間~9時間の滞在で3分の2ほどを回れるほどの大きさにすることで、一度の滞在では回りきれないことによる「もう一度訪れたい」との期待感につなげたり、アトラクションの平均的な待ち時間が20分前後になることを目指して設計したりするなど、細かな改善が繰り返されています。
どこまで自社の製品やサービスのリピーターを確保していくか。ここが縮小する内需で企業が勝ちぬくポイントです。
「非常に満足」でなければいけないんです。


今週の名言:心にだけは収穫期がない。愛の種は絶えず蒔き直さなければならないのだ ~ チャールズ・リンドバーグ

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