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栗田 剛志

Author:栗田 剛志
横浜在住の駆け出しコンサルタントです。
真の士(サムライ)を目指して、刀を磨き続けます。
「刀は錆びていないか・・・」
自問自答の日々です。
父親の興した会社を引き継ぎ、世の中の中小・小規模事業者を同士としてサポートしていきます。

営業力強化の支援
マーケティング戦略立案
店舗運営管理
販売員のマネジメント
ロジカルシンキング
を得意とします。

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895:【もしコア事業が蒸発したら】

2013/03/11 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 182号
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                 「日経ビジネス2013年3月11日号 no.1682
              『逆風下の作法~リストラの鉄則は速く、果断に』」より


 もし皆さんが営んでいる事業の市場が、みるみるうちに蒸発していったらどうしますか。それが会社の利益の7割を稼ぎ出すコア事業だとしたら。
 世の中が便利になるためのデジタル化ですが、それが会社の存亡の危機につながる業界があります。
 かつて写真を撮るときには必ずフィルムを買っていました。カメラがないときは、駅の売店やコンビニに駆け込んで使い捨てカメラを購入していました。そんな当たり前だったことが、デジタル化の進展によって一転します。 写真フィルム市場は急減し、フィルムをコア事業としていた「富士フィルム」は本業消滅の危機に陥りました。
 その後の結果は、ご存じのとおりです。富士フィルムは事業構造の大転換に着手し、別の会社に生まれ変わりました。米国で富士フィルムと同様の事業を行っていた「イーストマン・コダック」がチャプターイレブン(米連邦倒産法第11条)の適用を申請したのとは対照的です。
 今週は、中核事業の市場消滅という有事に際して、富士フィルムがどのような手を打っていったのかをみていきましょう。

 カラーフィルムの世界的需要のピークは2000年でした。その後、毎年40%近くも需要が減少し続け、2011年には、ピーク時のたった5%となりました。
 まさしく市場蒸発です。
 過去にもコア事業の市場縮小に直面した企業はたくさんありますが、10年で20分の1まで減った業界は例がありません。
 そのような状況の中で、富士フィルムは2つの手を打っていきました。ひとつは、写真事業に関わる固定費の削減、もうひとつは新たな成長戦略の策定です。
 そもそも、デジタル化の波は突然やってきたのではなく、90年代から「来るぞ、来るぞ」とは言われていました。しかし、当時の写真フィルム市場は一環して伸び続けていたこともあって、会社が本当の意味の危機感を持つことはできませんでした。周囲が「何とかなるだろう」と思っている中で、2003年にCEO(最高経営責任者)に就任した古森氏は、若いころからデジタル化の脅威を感じ取っていたとのことです。
 古森氏が印刷材料事業の営業課長をしていた80年前後に富士フィルムがスキャナー商品を開発しました。このスキャナーを発売するかどうかの議論になった時、古森氏は発売することを強く主張しました。
 「材料メーカーがハード機器に出て勝てるのか」という反論があったものの、「ここでやらなければ将来の有力なビジネスの芽を自ら摘むことになる。やる以外にないだろう」と、押し切りました。
 古森氏がCEOに就任するやいなや、デジタル化の波が押し寄せ、ドラスティックな改革に着手していくこととなりました。
 まず手をつけたのが、世界中にある写真関連事業の設備や資産を圧縮することです。世界中に持っていた営業拠点や生産拠点、現像所などをダウンサイジングしていったのです。
 その際に写真事業から撤退するという選択肢はとりませんでした。5年後、10年後の需要の減り方を予測して、その規模内でペイできるだけの水準にまで固定費を落とすこととしたのです。
 この構造改革を2005年から2006年にかけて行っていき、2500億円ほどのリストラ費用を費やしました。
 古森氏は、当時を振り返ってこう言っています。
 「リストラが1,2年遅れていれば、どうなっていたか分からなかった。市場が悪化した状態で構造改革に着手していれば、もっと経費がかかったであろう。リーマンショックと重なっていれば、当社が受けるダメージは計り知れなかったと思う」
 改革はすばやく、大胆にやることが重要です。躊躇や手加減が痛手を広げることにつながります。

 次に取り組んだのは、新たな成長戦略を描くことでした。
 自社がどこにコアを求めればいいのかを考えるために、技術の棚卸しを行いました。
 富士フィルムには、化学や物理、機械、電機、ソフトウエアなど様々な技術があります。主として写真で培ったこれらの技術を整理し、技術の競争力や潜在力をはっきりさせたのです。古森氏は、これを「シーズの見える化」と読んでいます。
 そのうえで、棚卸しで出てきた技術がどういう分野で使えるかを徹底的に考えました。これまで富士フィルムが関与していた市場、隣接するマーケット、あるいは全く新しい領域などを調べて、自社が持つ技術を使えるところはないか、商品はないかとニーズを探っていきました。
 その結果、刷版・印刷システムなどの「グラフィックシステム」、医療品や化粧品、医療用診断機器などの「メディカルシステム/ライフサイエンス」、デジタルカメラやカラーペーパーなどの「デジタルイメージング」、液晶用フィルム、タッチパネル用センサーフィルムなどの「高機能材料」、レンズ、携帯電話のカメラモジュールなどの「光学デバイス」、複写機、レーザープリンターなどの「ドキュメント」という6つの事業領域を打ち立てることができました。
 多角化について、古森氏はこう言っています。
 「多角化というと、M&Aなどで全くの異分野に進出するというイメージを持つかもしれません。だた、当社のケースを見ても分かるように、多角化とは本業に関わる技術を軸に進めていくべきものと私は考えます。会社自身がその分野でやっていけるポテンシャルを持たないと成功しないでしょう」

 結果を見れば、富士フィルムだからできたとも言えます。しかし、当時は必ずうまくいくと保証されていたものではありません。
 豪胆で知られる古森氏も、眠れなかった夜がたくさんあったと言っています。
 永遠と続く仕事などありません。市場が自分に合わせてくれることなどありえません。市場の変化をいち早く読み取り、それに合わせていかなければ生き残れないのです。
 「もしもコア事業が蒸発したらどうするか」ということを、常に考えておく必要があります。

今週の名言:全員が同じ意見を持っているのは、誰も考えていないときだ ~ ウォルター・リップマン

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テーマ : ☆経営のヒント☆ - ジャンル : ビジネス


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