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栗田 剛志

Author:栗田 剛志
横浜在住の駆け出しコンサルタントです。
真の士(サムライ)を目指して、刀を磨き続けます。
「刀は錆びていないか・・・」
自問自答の日々です。
父親の興した会社を引き継ぎ、世の中の中小・小規模事業者を同士としてサポートしていきます。

営業力強化の支援
マーケティング戦略立案
店舗運営管理
販売員のマネジメント
ロジカルシンキング
を得意とします。

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976:【改革に必要なのは本気度だ】

2013/07/08 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 198号
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                 「日経ビジネス2013年7月8日 no.1698
              『人生の学校、離島で作る~巡の環社長 阿部裕志』」より


梅雨が明け、本格的な夏がやってきました。ここ数日は、とんでもなく暑い日が続いています。仕事で外に出る機会の多い方々にとっては、きつい時期となります。暑い夏ですが、ひとつ楽しみなことがあります。それは、夏休みです。
今年の夏は、どちらにお出かけになるでしょうか。景気が回復基調にあることもあって、国内・国外旅行の予約は好調にようです。
我が家は今年、島に行く予定です。長崎県の離島、壱岐の島に行ってきます。
壱岐の島は、玄界灘に浮かぶ南北17㎞、東西14kmの小さな島で、人口は28,000人程度です。壱岐は、私の母の故郷であり、祖母が死ぬまでの間、毎年夏休みは壱岐に行っていました。
壱岐は、私にとっての第二の故郷であり、いつか家族に壱岐を見せたいと思っていました。その念願を今年の夏、叶えようと思っています。
離島には日本古来の生活が残り、独特の文化を持っています。そのような離島で教育事業を通じて地域振興に挑戦する方がいます。
今週は、放っておけば過疎化がどんどん進んでしまう離島で奮闘するベンチャー企業から学びたいと思います。
島根県の離島に企業向け研修を開催するベンチャー企業があります。会社の名前は「巡の環(めぐりのわ)」、社長さんは阿部裕志さんです。
舞台となるのは、隠岐諸島・中ノ島に位置する島根県海士(あま)町で、本州の沖合約60kmに浮かぶ面積33㎞、人口2400人ほどの島です。
島の主要な産業は、漁業と農業で、島に行くには、日に数本のフェリーで片道3時間かかります。かつては7000人が暮らしていたものの、多くの若者が働き口を求めて島を出ていってしまいました。
その結果、少子高齢化が急速に進み、65歳以上の高齢者が4割以上を占め、全国平均の24.1%を大きく上回っています。
町の税収も減りました。過疎化と財政破たんに危機に直面する離島が、この状況を大きく変えたのは、2002年に海士町の町長に就任した山内さんです。
山内さんは、自らの給料を50%削減、町役場の職員の給与は最大30%カットしました。職員の数も減らし、財政支出を減らすための様々な改革を断行することで、節約した分を産業育成の投資に回しました。
この努力が実り、町の財政は単年度で黒字化に成功しました。島外から人を呼び込むための交流活動を活性化させたことによって、Iターンとして海士町に移住した人が361人、Uターン(帰郷者)は204人に上ります。20~30代の若者が多く、こうした移住者が海士町全体の約2割を占めるまでに至っています。
その中の一人に、巡の環の阿部社長がいました。
もともと、阿部社長は、民間ロケットの開発を夢見て、京都大学大学院工学部を卒業後、トヨタ自動車に入社しました。生産技術部門に配属となり、レクサスなどの新車種の製造ライン立ち上げに携わるなど、誰もがうらやむような道を進んでいました。
そんな阿部社長が海士町と関わりをもったきっかけは、同僚から海士町の改革について聞き、島に移住して教育事業に携わっている岩本氏を紹介されて訪ねたことが始まりでした。
岩本氏は、ソニーを退職して2006年に島に移住し、町が進める高校魅力化プロジェクトに加わっていました。海士町にある島根県立隠岐島前高校は、少子化の影響で生徒数が28人にまで落ち込み、廃校の危機にありました。そこで、生徒が少ないことを逆手にとった少人数指導や島の自然を生かした独自の授業、県外から就学を認める「島留学」を実施し、さらには町営の学習塾を作って大学進学率を上げるなどの対策を打ったのです。
その結果、2012年の入学者は県外からの21人を含め59人にまで増えました。
阿部社長は、そうした町の問題を熱く議論する町役場の職員さんたちに出会い、島に移り住んだ若者や地元の中学生たちが、年齢は肩書に関係なく島の発展について自由闊達に語っている光景を目の当たりにしたのです。
阿部社長は、この輪の中に自分も交ぜてもらいたいと真剣に考えるようになり、2008年、トヨタを退職して海士町に移り住みました。
当然、よそから来た者がすんなりと受け入れられるわけではありません。阿部社長は、海士町に来てから、漁業権を取得し、船を買って自ら漁に出ます。島の生産者を理解するため、稲作や畑作も手掛けます。人づきあいが深い地方では、夜遅くまで飲むことも多くありますが、できる限り参加しています。
島の人々は、阿部社長について、「気さくで謙虚、好奇心旺盛で島について熱心に聞いてくる」と話します。
こうした経緯を経て、島の物産通販サイト「海士WEBデパート」による島の物産の販売、島のイベントの企画・運営などを依頼されるようになり、事業化が進んでいきました。
2008年には、教育事業を本格的に開始しました。「人間力のある人に接して、人間力のありようを五感で感じるため、現地、現物を通じて学び方を体得する」という五感塾を開催しています。
これまで、イオングループの労働組合やサントリーの労働組合の研修を始め、企業向けだけでなく一般参加できる五感塾も始めました。
五感塾に参加した方は、こう言います。
「島では当たり前で誰もが注目しないような事柄を見出して、魅力的なプログラムを組み立てる阿部さんのセンスには驚いた」
阿部社長はこう言います。
「地域振興には、都会と田舎、両方のセンスが必要だ」
そうした人材は島内ではなかなか見つけることができません。ここに巡の環が活動する必要性があるのです。
私の今の仕事では、地域振興が大きなウェイトを占めています。巡の環のやり方がすべてではありませんが、活性化に向けたコーディネーターやディレクターといった役割の必要性は、日々感じています。
ただ、興味本位で、あるいは商売っ気丸出しで島に乗り込んでもうまくいくはずがありません。
海士町の町長さんはこう言います。
「改革に一番必要なのは『本気度』だ。阿部君たちには高い本気度がある」
私は、いつか私の第二の故郷である壱岐の発展に役に立ちたいと思っています。ただ、今の私では力不足です。本気度の熟成度合いがまだまだ足りません。
日頃の仕事を通じて、魅力のある方々と交流し、ネットワークを構築することで、その日のために力を蓄えていきます。

今週の名言:リスクのないアイディアはクリエイティブとは言わない ~ 江崎玲於奈


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テーマ : ☆経営のヒント☆ - ジャンル : ビジネス


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