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栗田 剛志

Author:栗田 剛志
横浜在住の駆け出しコンサルタントです。
真の士(サムライ)を目指して、刀を磨き続けます。
「刀は錆びていないか・・・」
自問自答の日々です。
父親の興した会社を引き継ぎ、世の中の中小・小規模事業者を同士としてサポートしていきます。

営業力強化の支援
マーケティング戦略立案
店舗運営管理
販売員のマネジメント
ロジカルシンキング
を得意とします。

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1076:【スモール イズ ビューティフル】

2013/12/09 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 219号
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                 「日経ビジネス2013年12月9日号 no.1719
             『ウォークマン開発者の魂~エクレア社長 古賀宣行』」より


 私がソニーの携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」を初めて手にしたのは、中学2年生の頃でした。音楽やオーディオに興味を持ち始め、ラジカセではもの足りずにアンプ、スピーカー、カセットデッキ、レコードプレーヤーを秋葉原まで行って買い揃えたりしました。ウォークマンは、それまでの音楽は部屋で聴くものだという私の常識を覆し、音楽を部屋から持ち出せることに新鮮さと驚きを覚えました。
 その後もソニーは、様々な斬新な商品を開発していきました。
 最近のソニーはダメになったとの声をよく聞きますが、今でも私はソニーのファンですし、電化製品を買う上でも、選択肢のプライオリティは一番上にきます。
 そのウォークマンの開発者が、ソニーを退職し白物家電のオンリーワン製品作りにチャレンジしました。
 そこには、ソニーで学んだよきスピリッツがありました。少人数でとんがった製品を開発する手法は、私たち中小・小規模事業者にも学ぶべきことがあります。

 エクレアという会社は、2010年にソニーを退社した古賀宣行氏が設立した会社です。中国に製造拠点を持つ従業員10名のモノ作りのベンチャー企業です。米国家電製品協会が、空気清浄機の性能評価を行い、最高得点をつけた会社が4つあったのですが、そのうちのひとつにエクレア社の名前がありました。
 パナソニックやシャープ、GEやエレクトロラックスを押さえて、たばこの臭いや室内のほこりなどを吸いこんで空気をきれいにする能力が高い評価を受けたのです。
 1980年にソニーに入社した古賀氏は、当時花形だったオーディオ事業部に配属され、入社2年目にウォークマンの開発担当に抜擢されました。
 古賀氏は、カセットテープを再生したり巻き戻したりする駆動部の開発を担いました。ウォークマンの心臓部分に当たり、メカトロニクスと呼ばれる領域です。メカトロニクスは、機械制御の一部分を電子回路化することで、製品を小型・軽量化できる、かつての日本の家電メーカーのお家芸だった分野です。
 当時のウォークマンは、「最小」や「最軽量」で常に世界一を突っ走ってきました。2年に一回は新製品を発売し、世界新記録を更新しなければならなかったのです。これは、古賀氏にとってもプレッシャーでした。
 ただ部品を調達して組み合わせても世界を驚かせるオンリーワン製品は作れません。古賀氏は、全国にある金型や部品メーカーを訪問して試行錯誤を繰り返したのです。
 当時のウォークマンの開発体制は、古賀氏を含めて6名のメンバーでした。全員が最終形を共有できる人数です。少人数で開発をしていたため、何か問題が起きるとすぐに集まって議論し解決しました。古賀氏は、当時の体制をこう表現しています。
 「スモール イズ ビューティフル」

 少数精鋭で開発を進めるのであれば、メンバーの能力が高くなければなりません。ウォークマンの開発で電気関係を担当した方はこう言います。
 「古賀さんはチーム作りがうまかった。新人の成長さえも計算に入れて最少人数で取り組んでしまう。古きよきソニーマン」
 その後も、古賀氏が担当する製品は、ウォークマン、DATウォークマン、ICレコーダーと変わっていきましたが、世界新記録を塗り替える役割に変わりはありませんでした。
 その後の変化については、皆さんも記憶に新しいと思います。
 音楽を聴くスタイル自体がインターネットから曲をダウンロードする方式に代わり、米アップル社の「ipod」が市場を席巻していったのです。その間、ソニーは著作権保護や音楽ストアの整備などで出遅れてしまいました。開発メンバーも100名を超え、ハードよりもソフトに重きが置かれて、担当が細分化しました。
 担当者は自分の領域にだけ詳しくなり、全体像を把握しないまま開発が進められていきます。もはや、古賀氏が好んだ「スモール イズ ビューティフル」ではなくなりました。
 当時を振り返って古賀氏はこう言います。
 「ハードの性能が商品の評価につながらないことが衝撃的だった」

 その後、古賀氏は中国への転勤を命じられ、20名ほどのメンバーで乗り込んでいったのですが、そこでの地元企業の対応の速さに驚きます。日本なら3ヶ月かかる試作品も2週間で出来上がります。古賀氏が忘れかけていた「スモール イズ ビューティフル」を再び実践できたのです。
 ようやくやりたいことが見えてきた矢先、東京への帰任命令がでます。昇進も約束されたのですが、もはや日本で働くイメージを持つことができませんでした。
 再び、スモール イズ ビューティフルの開発体制で世界一のモノ作りを目指したい。古賀氏はそう思い、ソニーを退職したのです。
 その後取り組んだのが、空気清浄機です。空気清浄機は技術的に革新する余地が残っていたことと、優れたデザインの製品が少ないことが理由です。
 メカ屋の古賀氏は、有害物質やカビなどを吸着して分解できる活性炭の加工や、業界最高水準の風量が出せるファンを開発しました。
 一方で、デザイナー探しに併走しました。消費者に優れた性能を評価してもらうには、格好のいいデザインであることが前提になると考えていたからです。
 そこで、手を組むことになったデザイナーの方は、後にエクレア社の副社長となる方です。
 その副社長さんはこう言います。
 「過去の経験から言えば、製造の都合でデザインを変更されるのがオチだと思っていた」
 副社長さんの出した円筒形でアルミを継ぎ目なく作る斬新なデザインは、その場に居合わせた古賀氏以外の技術者は、声にこそ出しませんでしたが、無理だと思っていました。
 一方、古賀氏は違っていました。多くのモノ作りベンチャーがつまずくのは協力工場への任せ方によるものです。最少注文数が多かったり、工程管理が行き届かないために品質が保証できないのです。
 古賀氏は、中国で培った人脈と経験を活かし、中国のアルミ加工メーカーに毎日通いつめ、安定供給にこぎ着けたのです。

 何か大きな目標を定めて、最少人数でそれぞれの得意技を活かしたチームを編成することは、私が実現したい理想の形です。
 何かあればすぐに集まり、議論して解決方法を見つけ出す。誰が何をやっていて、それが組み合わさるとどんなものになるのかを全員が分かっている。
 こんなチームを作りたいと常々思っています。
 「スモール イズ ビューティフル」。ヒトもモノもカネも足りない私たち中小・小規模事業者が市場に打って出るには、この体制作りこそがキモだと思っています。

今週の名言:重圧はある。しかし、重圧をプラスに持っていける選手が多いチームが、試合で勝つ ~ 秋田豊



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テーマ : ☆経営のヒント☆ - ジャンル : ビジネス


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