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プロフィール

栗田 剛志

Author:栗田 剛志
横浜在住の駆け出しコンサルタントです。
真の士(サムライ)を目指して、刀を磨き続けます。
「刀は錆びていないか・・・」
自問自答の日々です。
父親の興した会社を引き継ぎ、世の中の中小・小規模事業者を同士としてサポートしていきます。

営業力強化の支援
マーケティング戦略立案
店舗運営管理
販売員のマネジメント
ロジカルシンキング
を得意とします。

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1136:【おてつきは許されない】

2014/03/17 (Mon) 06:00
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               日経ビジネスに見る「経済先読み・解読」 233号
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                 「日経ビジネス2014年3月17日号 no.1733
               『巨大廃墟モールに見る~街作り失敗の研究』」より


滋賀県守山市に「ピエリ守山」という商業施設があります。敷地面積は東京ドーム3個分と広大で、建物はほぼ新築であるにもかかわらず、テナントがほとんど入っておらず内部はがらんどうです。
不思議なのは、そんな状態でも営業を続けていることです。約3000台分ある駐車場はガラガラで建物の外に人の気配はありませんが、定休日ということではありません。建物の中に入ると「ご来店いただきありがとうございます」とアナウンスが流れ、暖房も利いています。
ですが、見渡す限り営業している店はなく、店舗ブースには網がかかり、什器や看板は放置されたまま静まり返った館内にはBGMだけが流れています。
まさに、「明るい廃墟」です。
この施設の開業は2008年9月のことで、当初は地場スーパーのバロー、スポーツ用品店のヒマラヤ、無印用品、ABCマートなどに、服飾から飲食まで200店以上がひしめく地元の人気スポットでした。それから5年という短期間で廃墟となった軌跡は、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。

2008年というと、大型のショッピングセンターの開業ラッシュを迎えていた時期です。これは、郊外の大型店を抑える改正まちづくり3法が2007年に完全施行され、それに駆け込む形で多くのデベロッパーが強気の大型施設開業計画を申請しました。
思い返せば、JR横浜線の鴨居駅から歩いて10分ほどの場所にららぽーと横浜が開業したのは2008年だったと思います。核テナントとして大丸が入店し、当時サラリーマンだった私は、その大丸の中にチョコレート売場を設置する仕事をしました。その大丸は、今は撤退してしまい、私の手掛けたチョコレート売場はありません。
同時期に武蔵村山市にイオンモールが出来て、その中に三越が出店したことがきっかけで同じチョコレート売場を設けましたが、こちらも採算が合わなかったようで三越の撤退とともにチョコレート売場も無くなっています。
滋賀県守山市のピエリ守山は、当時滋賀県最大の商業施設だったこともあって、「年間900万人を集客し180億円を売り上げる」という高い目標を掲げていました。
開業当初は計画通りに推移し、駐車待ちのクルマで周辺道路は常時渋滞し、休日ともなると従業員すらなかなか専用駐車場に入れず、遅刻が続発したほど盛況でした。
その状況が長く続かなかった原因として、「イオンの開店」があります。守山市に隣接する草津市にイオンモール草津が開店したのは、ピエリ守山開業から2ヶ月後の2008年11月です。売場面積は約8万6000㎡とピエリ守山の1.5倍以上あり、シネマコンプレックスも併設するなど、商業施設としての競争力は圧倒的で、約18km離れたピエリ守山から瞬く間にお客さんを奪い取っていきました。
その後、客数は目に見えて減り、売上高は120億円前後に留まります。テナントは櫛の歯が欠けるように撤退し、2012年には約70店、2013年9月には8店が営業するのみとなってしまいました。
営業する店が少なくなっても施設を動かさなければならないのは、正規の契約を交わしているテナントが一店舗でも営業している間は、館内の空調や照明を消したり、大規模改装工事を進めるわけにはいかないからです。
ピエリ守山がこうなってしまった直接的な原因は、イオンモールの出店なのですが、そもそもイオンモールはある日忽然と姿を現したわけではありません。イオンモール本社が草津店開業を正式に公表したのは2008年2月のことですが、常識的に考えて数年前から用地買収や地元商店街との調整などは行われていた訳で、進出の情報はピエリ守山も得ていたはずです。
それでもピエリ守山がコンセプトを改めたり、独自のテナントを集めたり、計画そのものを改めたりしなかったことには、理由があります。
その理由は、短期間で不動産ファンドに売却することを前提に計画が進められており、事業を運営する当事者不在のままの開発運営体制となっていたことが挙げられます。
開発者サイドにピエリ守山の長期的戦略を考える動機は生まれにくく、むしろイオンが進出してくるからこそ、一刻も早く開業・売却し投資を回収しようとしたと考えられます。
もうひとつの理由は、希望的観測に基づく事業計画に大きなズレが生じたことがあります。琵琶湖の東西を結ぶ琵琶湖大橋を使って対岸からの集客を見込んでいましたが、橋が有料であるため思った以上にお客さんを引き込めませんでした。
また、湖畔に位置し、標高1000m級の比良山地が見渡せる景色や琵琶湖の遊覧船が寄港する桟橋に隣接するといった立地から、「リゾートモール」という付加価値をつけようとしましたが、景色に見慣れた地元の人々はリゾートと感じることはなく、遊覧船に乗る人も少なかったため、定期便は廃止されてしまいました。
地元に住む主婦はこう言います。
「滋賀県は全部湖畔みたいなもの。琵琶湖の景色も比良山地も皆、子供の頃から飽きるほど見ている。それを見に来いって言われてもねえ…」
確かにその通りです。

全国の大型商業施設の失敗は、これだけではありません。また、郊外の商業施設だけでなく、地方の百貨店撤退後の施設活用、自治体が手掛ける工業団地の分譲、商店街の復興、電鉄会社の住宅分譲地など、苦戦している街づくりはたくさんあります。
今の私の仕事においても、百貨店や商業施設への出店計画を相談されることがあります。私たち中小・小規模事業者にとって新たな店舗を出店するのは、会社の運命を賭ける一大事です。
出店したけど思い通りの売上は上がらなかったなんてことは、私もサラリーマンの頃のチョコレート売場出店で何度も味わってきました。おてつきが許されない私たちにとって、自らのコントロールが効かない外部環境は、慎重に見極めていかなければなりません。
沈みゆく大きな船に巻き込まれるわけにはいかないのです。


今週の名言:自分が愛されるには、まず相手を愛さなければならない ~ 石塚邦雄


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